ITAの病歴?1

 

私ITAの病歴?についてそこからわかってきたことをお話します。

私はめったに風邪はひかないんですが、風邪に似た症状や脳腫瘍に似た症状や胃潰瘍に似た症状や白血病に似た症状や・・・・

なんとかに似た症状っていうことがよくありました。

病院で精密検査をしても原因がわからず、気休めで薬をだされて飲み続けてもいっこうに回復に向かわず、薬の副作用から生命とりになりかねないことなどありました。

でも時間がたてば(3日~6ヶ月間で)完治するのでした。

それにはお医者さんもおかしいね~って首を傾げます。

 

はじめてそのような原因不明の症状が出てきたのが15歳の頃でした。

偏頭痛が頻繁に起こるようになり、しまいには頭が締め付けられるような超激痛でのたうちまわったこともありました。

検査前から脳腫瘍の疑いありで徹底的に精密検査をしました。

結果・・・

どこにも異常なし

そのときにお医者さんに言われたことが 

今 思っても全然腑に落ちないひとこと

「気のせいじゃないかい?」

信じられない言葉でした。

こっちは痛くてしょうがないのに気のせいって何事?



怒りとどうなるのかわからない恐怖で気が狂いそうになりました。

それから言われたことが・・・

医者 「何か悩みごとがあるとか?」

ITA 「いや~特にないです」

医者 「でも潜在的に何か悩んでることがあるかもしれないね」

ITA 「・・・・・・」

潜在的に悩んでるって言われたらどうしようもないもんで

もしかしたら悩んでるのだろうか・・・?


と自分に自信が持てなくなったのはその頃でした。

『もしかしたらオレって自分で思ってるよりもろい人間なんだろうか・・・?』



ところが・・・

この症状も中学の卒業とともに治りました。

原因不明でどうして治ったのかも不明

まあ 治ったからいいやと思っていたのですが・・・

私は中学卒業後浪人しました。

当時は珍しい中学浪人です。

中学3年の頃は原因不明の頭痛のため受験勉強どころでありませんでした。

それで1年遅れて高校に入学するのですが・・・


次に症状が現れたのが高校3年のときでした。

胃の痛みと吐き気が頻繁に起こり、病院で検査をしたのですが・・・

特に異常なし

神経性胃炎かもしれないね~と言われて薬をだされますが、
飲み続けても治らず高校卒業と同時に治るどころか
一切食べ物を受け付けなくなり水すら飲めなくなってしまいました。

症状的には拒食症です。

そこで普段通院していた病院ではなんともないと言われ続けたので別の病院に行ってみることにしました。

神経胃腸内科です。

病院に行った日に入院しなさいと言われ、すぐにまた検査をしました。

ところが内臓的には特に問題はないから神経的もしくは精神的に問題はないか?という診断がされました。

いろいろお医者さんから質問をされ悩みはないか?とかそれまでの生い立ちなんかも聞かれました。

その後 何種類もの薬をだされ様子を見ようということになりました。

この時も特に悩みっていう悩みってなかったんですが、必ず原因があるはずだとお医者さんは言って勝手に私の悩みをでっちあげました。

そうなのかな~と腑に落ちないながらも出された薬を真面目に飲み続けていました。

しかし、良くなるどころか薬を変えるごとに副作用の連発でした。

副作用1 目がしょぼしょぼして涙がでてくる。
副作用2 動作やしゃべりが通常の2倍以上ゆっくりになる。
副作用3 よだれがでてくる。
副作用4 口が閉まらなくなり舌が飛び出てくる。

とまあこんな感じでした(まだ小さい副作用はありましたが・・・)

ほとんどモルモットでした。


この様子を見ていた同室に入院していた方の奥さんがお見舞いに来た時に

「お兄ちゃんこのままこの病院にいても良くならないよ 病院変えてみたらいいんでないかい? あまりにも変だよ 私がよく行ってるお不動さんがあるんだけど見てもらったらいいかもしれないんだけど・・・お兄ちゃんのお母さんに話してみるかい?」

と言われました。

お不動さんって言われてもさっぱりピンときてませんでしたが、母に話してもらい母をお不動さんに連れて行ってもらうことになりました。

お不動さんの先生?と呼ばれていたおばあちゃんが母に言ったこと・・・

「この子はかなり生命力が弱っている このままその病院にいてはダメだ
特に内臓的には問題はないが消化器官がかなり衰弱しきっている
かなり危険な状態だ これからスープの作り方を教えるからそのスープを飲ませなさい  あとはわしが祈祷するから任せなさい」

と言われたそうです。


その後すぐ・・・

お医者さんが「なんとかしてあげたいんだけどうちの病院ではもうどうすることもできないから紹介状を書くから大学病院のほうで見てもらったほうがいいと・・・申し訳ない」

と言われました。


見放されたと思いました。

もうこの時は死を覚悟していました。

『気が狂いそうな苦しみから早く解放されたい』



お不動さんから教えてもらったスープも飲むことができないくらいに衰弱しきっていました。

それでもスープをスプーンにすくっては一なめ二なめしていました。

苦しさのため時折気を失い気がつくと

『まだ 生きてたのか・・・』


そして気を失ったのか眠って見た夢なのかはたまた起きていて幻を見ていたのかわかりませんが・・・ 

自分の生まれてからそれまでの人生がスライドショーを見るかのようにフラッシュバックしてきました。

過去が走馬灯のようによみがえるっていう臨死体験だったと思います。

それまで早く苦しみから解放されたいと生きることに消極的だった私が自分の人生を振り返った時にとても悲しくまだ何もやっていない悔しさがでてきて、 
それまでの人生で初めて『生きたい』と思ったのでした。

泣きながら目が覚め、その時絶対生きるって思いました。


それからすぐ大学病院に移されてから奇跡が起きてきたのでした。


大学病院の担当のお医者さんが当時東京の国立がんセンターで医師をしていた私の父の弟と医大時代の親友だったのでした

東京からおじが飛んできてくれて担当のお医者さんと綿密な打ち合わせがあって私の話をしっかり聞いてもらい意見を治療に取り入れてくれることになりました。

私の意見と言っても精神的には病んでないから精神や神経治療はやらないでくれってこととこんな薬を出して欲しいとかいったものでしたが・・・

大学病院に移された時には完治するまで半年から1年はかかるのではと言われていました。


ところがそれから2ヶ月後・・・

無事退院!

まわりが大変驚いてました。



私の友人が後に言っていた私が最悪の時の友人同士の会話・・・

「まじ ITAやばいよな~オレ喪服持ってないけどオマエ持ってる?」

だったそうです(笑)




結局この時も原因がわからないままの完治したのでした。




でもこれらの病気の原因がそれから数年の後に明らかになるのです。

 

 

 

 

 

 

 

2に続く